平成10年〜平成19年
平成10年(1998年) 箱根駅伝は2区で梅木蔵雄がトップに立ち往路3位も復路で後退、総合6位。
関東学生は4×100mリレーで男女アベック優勝。
男子は予選で39秒25の学生新記録。優勝はこれだけで10位。
女子では信岡沙希重が100・200・400m2位、4×100m優勝、4×400m4位と1人で24点25の大活躍。合計40点で9位。
日本学生は9位。優勝は4×100mリレーだけ。
女子は17位。
早関戦は13点差で勝ち、6連敗を免れる。
日本選手権リレー4×100m男子は2連勝。女子は初優勝。
出雲駅伝は11位、全日本大学駅伝は9位。
青木半冶、早大スポーツ功労者に。
平成11年(1999年) 箱根駅伝10位で8年振りにシード権失う。
9位との差はわずかに40秒。
関東学生は男子6位、女子7位。
4×100mリレーは男子が38秒97の日本学生新、女子も45秒44で単独チーム日本学生新記録。
日本学生は男女とも総合8位。
第75回早慶戦で72年振りにオックスフォード・ケンブリッジ大学陸上クラブ合同チーム「アキレスクラブ」と対抗戦。
出雲駅伝は8位。
全日本大学駅伝は9位。
箱根駅伝予選会は3位で通過。
平成12年(2000年) 箱根駅伝は往路8位、復路で追い上げ総合6位。
関東学生、男子は7位、女子は8位。
日本学生は男子7位、女子19位。
第79回早稲田対関学、第49回慶応対同志社を早・慶・関・同対校として同時開催。
100mで小島茂之が10秒20の好記録。
シドニー・オリンピック。小島茂之と花田勝彦(OB)が出場。小島は4×100mリレーで6位入賞。
陸上監督に桜井孝次、コーチで大森重宣、陸錬渉外担当で村尾慎悦が参加。

出雲駅伝は8位、全日本駅伝は11位。
小掛照二、オリンピック・オーダー受賞。
平成13年(2001年) 箱根駅伝は山梨学院大に30秒及ばず10位。また予選会から出直し。
びわこ毎日マラソンで佐藤敦之が2時間09分50秒の日本学生最高を出し4位。
関東学生は男子9位、女子8位.高野香織が100,200Mで2冠。森永麻理子が棒高跳で優勝。
日本学生はどん底、男子は8.5点で18位、女子は3点で30位。
北京のユニバーシアード、4×100mリレーで大前祐介が1位。
出雲駅伝は15位。全日本大学駅伝は11位。
箱根駅伝予選会、20km10人平均で60分46秒の好記録で1位通過。
平成14年(2002年) 箱根駅伝は久しぶりの3位。
2区原田正彦、3区森村哲、7区空山隆児、10区桜井勇樹が区間賞、桜井は区間新の大健闘。
びわこ毎日マラソンで武井隆次(OB)が優勝。
関東学生は男子が6位、5000Mで空山隆児が優勝するなどトラックでは3位。女子は14位。
早関戦は32-32と初の同点ながら優勝種目の多い関学に連敗。
日本学生は男子11位、女子20位と低迷。
釜山のアジア大会、土江寛裕(OB)が4×100mリレーで2位、マラソンで武井隆次(OB)3位。佐藤敦之(OB)も出場。
出雲駅伝は7位。
全日本大学駅伝は6位でシード権確保。
平成15年(2003年) 箱根駅伝は20チーム出場の新制度スタート。
1区から出遅れて立ち直れず、まさかの15位。従来なら最下位の屈辱を味わった。
4月、所沢にスポーツ科学部新設。大学では従来の体育局を「競技スポーツセンター」に改称。
5月、早稲田大学競走部ホームページ(このサイト)がひっそりオープン。
関東学生は男子が5位、女子は10位。
男子は3000mSCで篠浦辰徳が8分41秒00の好記録で46年振りの優勝。
棒高跳の毛利公一は5m10の早稲田記録で32年ぶりの優勝。4×100mリレーも制した。
女子の1年生、年代利絵は5000m競歩、久保陽子はハンマー投げで同種目とも女子初の入賞。
日本学生は男子6位、女子14位。
優勝は44年振りという3000mSCの篠浦と4×100mリレー。
9月、小掛照二総監督、佐々木秀幸監督の新体制に。
早慶戦,早関戦はともに快勝。
パリの世界陸上、マラソンの佐藤敦之(OB)は10位。土江寛裕(OB)も出場。
日本陸上選手権リレー、4×100mリレーで39秒16の大会新で7連覇!
2・4走は1年の相川誠也と野田浩之。
4×400mリレーも4位ながら3分07秒13の早稲田新記録。
全日本大学駅伝は4区の走者が脱水症状で倒れ、駅伝では初の棄権という苦い経験。
箱根駅伝予選会は初めて箱根で開催。起伏のあるコースに思わぬ苦戦、やっと7位で通過。
平成16年(2004年) 箱根駅伝は80回記念大会。
往路の1・2区で大きく出遅れ、最後まで浮上せず16位と惨敗。2年連続のシード落ちにOBも声なし。
駅伝新監督に渡辺康幸が決り、復活を期す。
織田記念の110mHで合戸隆が初めて14秒の壁を突破し13秒86の早稲田新記録。
関東学生、男子は総合6位も、大前主将の短距離3冠などで9年ぶりのトラック優勝。
女子は総合8位。ハンマー投で久保陽子が女子の投てきでは初の優勝。
5月29日、OGの近藤高代が棒高跳で4m35の日本新記録樹立。
日本学生、男子は52点で5位、女子は9点。
アテネオリンピックに土江寛裕(OB)近藤高代(OG)出場。4×100mリレーで日本4位、土江が3走。
早慶、早関戦は大差で勝つ。
日本選手権リレー4×100mは8連覇。
平成17年(2005年) 箱縁駅伝はアンカー高岡が追い込むも及ばず22秒差で11位。
4月、礒 繁雄ヘッドコーチが監督に就任。
関東学生は男子が61点で5位、女子は33.5点で7位。
日本学生は61点で5位、女子は8点で21位。
日本選手権800mで下平芳弘が57年ぶりの現役優勝。女子は信岡沙希重(OG)が短距離2冠、
ユニバーシアード(トルコ)に相川誠也、北村和也、下平芳弘が出場、4×100mリレーで日本2位(1走北村、2走相川)
世界陸上に信岡と近藤高代(OG)が出場。
10月1日織田幹雄生誕100年記念行事として所沢グランドを織田幹雄記念陸上競技場と命名し、
早慶、早関対抗を同時開催。
日本選手権リレー4×100mは9連覇。
平成18年(2006年) 箱根駅伝10区で抜かれ総合13位と4年連続のシード落ち。
世界クロスカントリー日本代表に竹澤健介。
静岡国際女子棒高跳で錦織育子(OG)4m36の日本新。
関東学生、男子は85点で4位、女子は42点で7位。
日本学生、男子は49点で6位、女子は14.5点で15位。
8月欧州遠征の竹澤が5000mで13分22秒36の日本歴代3位。
早慶戦は大差で12連勝、早関戦は6点差で勝利。
日本選手権リレー4×100mで堂々の10連覇達成
全日本大学駅伝は3年連続で本戦出場ならず。
平成19年(2007年) 箱根駅伝、2区竹澤が区間賞などで往路は4位。復路は10位でも総合では6位で久々のシード権獲得。
5月、所沢のグラウンド近くに新合宿所完成。
関東インカレ男子は62点5位、女子は45点6位。早大大学院は男子2部でフィールド優勝(29点)。
日本インカレ男子は47.5点5位、女子は18点15位。
ユニバーシアード・タイ大会に江里口匡史と加藤創大が出場。
8月、神戸の世界陸上に竹澤健介、OGの信岡沙希重と近藤信代が出場。
早慶陸上は13連勝、早関陸上も完勝。
日本選手権リレー4×100mは2位、11連勝ならず。
出雲駅伝は10位、全日本大学駅伝は健闘して5位。